作品概要
映画『すばらしき世界』は「復讐するは我にあり」などで知られる佐木隆三の小説「身分帳」を原作に、人生の大半を塀の中で過ごした男が社会復帰を目指す過程を描いた作品。時代設定を現代に変更することで、生きづらい今の世の中がより鮮明に描かれています。
- 原作:佐木隆三「身分帳」
- 監督:西川美和
- 配給:ワーナー・ブラザース
- 公開日:2021年2月11日
- 上映時間:126分
主なキャスト
- 三上正夫:役所広司
- 津乃田(フリーのライター):仲野太賀
- 吉澤(TV局のディレクター):長澤まさみ
- 松本(スーパーの店長):六角精児
- 井口(ケースワーカー):北村有起哉
- 下稲葉(三上の兄弟分):白竜
- 下稲葉の妻:キムラ緑子
- 庄司(弁護士、三上の身元引受人):橋爪功
- 庄司の妻:梶芽衣子
あらすじ
旭川刑務所を13年の満期で出所した三上は今度こそカタギになろうと決意するが、世の中は思ったよりも世知辛く、何度も挫けそうになる。
それでも身元引受人の弁護士やスーパーの経営者など親身になってくれる人たちのおかげで、三上はギリギリのところで娑婆の世界に踏みとどまる。
テレビ局はそんな三上を犯罪者が更生するまでのドキュメンタリー番組にしようとするが、あまりにも粗暴な三上の行動に番組制作を断念する。
感想・レビュー:もしそばに居たら厄介な奴だけど、こんな男を作っちまったのはクソッタレなこの国なのも事実
もしも三上が自分のそばにいたら付き合っていけるだろうか?
いや、ぜったいムリ!
三上はけっして自分の非を認めず、それでいて権利意識ばかり強い。これまでそういうタイプの奴と接したことがあるから、そんな奴とは二度と関わりあいたくない。
こういう奴はパンパンに膨らんだ風船みたいなもんで、ちょっと針の先が触れただけでパンッ! と破裂する。脊髄反射的に非を認めようとしないから、こんなクソッタレなタイプと関わるのは二度とゴメンだ。
出所のとき「三上だけはもうお断りだ」と刑務官に言われるが、これは三上のモデルとなった男が実際に言われたセリフらしい。懲役中でもトラブルメーカーだったそうだから、筋金入りのヤクネタ野郎だ。
それでも出所後の三上のまわりには、弁護士の庄司やスーパー経営者の松本など、不思議と協力者が集まる。それは三上の中に一本筋の通った純粋さがあるからだろう。
誰よりも真っ直ぐ過ぎるから、いちいち周囲とぶつかってしまう。受け流すってことができない。そんな三上に「私たちって、もっといい加減に生きてんのよ」「ほんとに必要なもの以外は切り捨てていかないと自分の身を守れない」と、身元引受人の庄司夫妻は忠告する。
まったく、そのとおり。
今どきは、ちょっとしたトラブルが大きな災いとなることも珍しくない。カッとするたびにまともに向き合っていたら、いつ自分も塀の中で過ごす羽目になるかわかったもんじゃない。
空腹に耐えかねてパンをひとつ盗んだだけで全国ニュースに晒されるほど、この国はハミ出した者を無遠慮に叩きまくる。
そんなクソッタレな国で、カタギの自分たちも塀の中に落ちないよう必死にバランスを取りながら生きている。一度でも塀の中に落ちてしまったら、この国では二度と元の暮らしには戻れない。
社会のレールから外れた人が、今ほど生きづらい世の中ってないと思うんです。一度間違ったら死ねと言わんばかりの不寛容がはびこって。
だけどレールの上を歩いている私たちも、ちっとも幸福なんて感じてないから、はみ出た人を許せない。
ほんとうは、思うことは三上さんと一緒なんです。
テレビ局のディレクター吉澤が言った言葉は、今この国で生きている多くの人たちが同じように感じていることじゃないでしょうか?
西川監督が原作には登場しない吉澤というキャラを作ってまで言いたかったのは、みんなが感じているこの国の息苦しさ、閉塞感でしょう。
「この世は苦である」と言ったのはお釈迦様だけど、2500年たった今でもそれは変わらない。地球は魂の監獄だという説もあるくらい、この世で生きることは不思議なほど割に合わない。
それなのに映画のタイトルが『すばらしき世界』なのは、クソッタレな世の中に対する皮肉だろうか? と思ったけれど、きっと西川監督が言いたかったのはそうじゃないんでしょう。
娑婆はガマンの連続ですよ。ガマンの割に、たいしてオモシロうもなか。だけど、空が広いち言いますよ。
下稲葉の妻が言ったセリフに、この映画のコンセプトが表れているようです。
今作が2020年のトロント国際映画祭で上映されたときのタイトルは『Under The Open Sky 』。
映画の冒頭は旭川刑務所の窓から見える景色ですが、そこに空はなく、隣りの建物が見えるだけ。三上の就職祝いで庄司の妻が「見上げてごらん夜の星を」を熱唱しますが、その直前には三上が夜空の星を見上げるシーンが挿入されています。
広い空の下で「ささやかな幸せ」に目を向けて生きていれば、この世界もそれほど捨てたもんじゃないよ。
それが『すばらしき世界』というタイトルの意味かも知れません。まったく、割に合わねえ話ですけどね。
今作がすばらしき作品となったのは原作の良さもありますが、キャスティングの妙も大きいですね。
西川監督が思ったとおり、三上を演じられる俳優は今なら役所広司しかいません。もしこれが阿部寛だったらドッチラケだったでしょう。
松本を演じた六角精児も良かった。これを観たあとは、原作でも松本は六角精児でしか脳内再生されませんでした。それくらい、この役はピッタリです。
カッとなってカタギの道から逸れそうになる三上に、「今日の三上さんは、虫の居所が悪いんだねぇ」と言った松本の深い優しさ。この一言に六角精児の味わいが表れています。
この映画だけでもじゅうぶん価値はありますが、できれば原作となった佐木隆三の「身分帳」も併せて読んでほしいと思います。
三上という男がどれだけ手に負えない奴でありながら、一方では誰よりも純粋な魂の持ち主だったのかがわかります。
映画もいいけど、原作も読まなきゃもったいない。
原作もいいけど、映画も観なきゃもったいない。
そう思わせるくらい、自分にとってはすばらしき映画でした。