2023年12月6日のYahoo! ニュースに、Z世代(1990年代半ばから2010年代序盤に生まれた世代)が1日8時間労働や残業時間を疑問視しているという記事が掲載されていました。
※オリジナルの記事は https://dot.asahi.com/articles/-/208099?page=1
記事の内容をザックリ要約すると、生まれたときから不況しか知らないZ世代は、個人を犠牲にしてまで組織のために働くことに否定的。彼らは組織よりも自己実現を重視しているため、長時間労働にそれを阻害されていると感じている、というものです。
この記事を見たとき、「やっと時代が俺に追いついたか」と思いました。
ぼくは還暦も近いオッサンですが、若いころは「新人類」と呼ばれた世代でした。当時の大人たちには、組織より個人を重視するジコチューな世代と映っていたようです。その意味で「新人類世代」は「Z世代」の祖先のような存在ですね。ホモサピエンスみたいな。
今でもよく覚えているんですが、新卒で入社した日のことです。
18時の終業時間になったので「お先に失礼します」と席を立ったら、「さすが新人類だな~」と先輩たちが目をむいて驚いていました。
定時になったら帰るのが当然だと思っていたので、ぼくのほうこそ先輩たちの反応に驚いたものでした。
そんなぼくも、しばらくすると毎晩のように定時を過ぎても先輩たちの雑談に付き合うようになります。久しぶりに入ってきた新人のぼくを、先輩たちが可愛がってくれたのが理由でした。
しかし居心地のいい職場に居られたのも束の間、1年後に地方への転勤を命じられます。
内示を受けた瞬間、「じゃ、この場で辞めようかな?」と思いましたが、実家を離れて一人暮らしの身。いきなり無職になっても生活できないので、渋々と転勤することにしました。
ところが転勤先でも先輩たちがベリー可愛がってくれて、またもや楽しい日々を過ごすことになります。
独身の先輩はしょっちゅう飲みに連れて行ってくれるし、仕事は暇で自由に過ごせるし、このままじゃ自分がダメになると思うほど「コタツのような職場」でした。
しかし勤務地がどうしても自分にとって問題だったので、結局は入社2年で退職し、地元に戻って再就職することになります。
再就職先は市販薬のルート営業でしたが、早朝から深夜まで仕事の毎日です。不慣れな業界で右往左往する日々はストレスこのうえない日々でした。前の職場と比べたら天国と地獄です。
夏はエアコンのないカローラバンで汗だくになりながら走り、昼は灼熱の車内でコンビニ弁当を喰らい、一息つく間もなく次の顧客へ。1日10店ほどの訪問件数ですが、地方路線ですから移動するだけで時間がかかります。
そんなころ「24時間働けますか?」という栄養ドリンクのCMが流行していました。
「働けるわけねーだろ!」と心で突っ込みながら、そのリゲインとか売ってました。いまだに時任三郎をみるとイラっとします。では、その過労死推奨曲をお聴きください。
この動画には含まれていませんが、顔に水をかけられても土下座して頼み込むというバージョンもありました。会社のためには個人の尊厳など捨てろと言わんばかりです。もう、カルトですね。
さて、とにかく転職先では自分の時間がなく「リフレッシュ」なんて単語があることすら忘れてました。毎晩ウイスキーをストレートで流し込み、二日酔いで出勤する日々です。意気揚々と入社した日がとてもファラウェイに感じます。
そして年の瀬も押し迫った日、とうとう爆発しました。
得意先からつまんねえクレームを受けた瞬間、ぼくの中でプチっと音がしました。カローラバンに飛び乗ったぼくは、残りの予定をすっ飛ばして帰社。その場で上司に辞意を伝えました。
安月給で長時間労働。しかも前任者が残した多額の売掛金まで回収させられながら、変人としか言いようのない顧客どもへの営業でメンタル限界でした。
もちろん先の見通しは皆無でしたが、この職場に将来性がないこともわかっていたので、それほど辞めることに躊躇はありませんでした。
ところが当時の上司は、ぼくの様子を気にかけてくれていたようで、年明けから内勤に移動させてくれることになりました。
営業のストレスから解放されてみると、部署が違えばこんなに気楽なのかと驚きました。そのまま数年間そこで働きましたが、結局は無能な別の上司にブチ切れて辞めてしまいます。
世間一般から見ると典型的なダメ人間なぼくですが、昔から仕事なんて生活の手段でしかないと思っていました。だから不本意な転勤で会社を辞めたし、ストレスが溜まって辞めようともしました。
しかし後悔はしてません。なぜなら自分がいた職場のほとんどが、今は存在していないからです。
学生時代にバイトしていた職場も、新卒で入社した会社も、再就職先も、そのあとも……。自分の職歴を振り返ってみると、90%以上の会社が倒産しています。正直ビックリしました。
あ、べつにぼくが貧乏神とか疫病神というわけじゃ、たぶんありません。
どれだけ頑張って働いても、会社が潰れてしまえば徒労に終わります。一切の努力はムダになります。なにも残りません。
エンジニアのようにキャリアを積んでいける専門職なら全てムダとは言えないでしょうが、一般職で働いているかぎり、元の会社での経験なんて再就職の役にも立ちません。
日本の企業は基本的に正社員をオールマイティーに使える人材として教育します。しかし、そこでの経験はそこでしか通用しないものなので、長く勤めるほどツブシが利かなくなり、転職もむずかしくなります。
だから昔は新卒で入社したら、定年まで働き続けるのがもっとも得策だったわけです。
しかし今はぼくが勤めてきた職場のように、どれだけ大きな企業でも、どれだけ歴史のある企業でも、何十年も勤められる安泰な企業はありません。企業が安泰でも、社員はリストラで放り出されることもあります。
そんな先の保証もない企業のために、自分の貴重な時間を費やすことに疑問を持つ。それこそ自然で当然の発想じゃないでしょうか?
むしろ「Z世代は長時間労働に疑問を持っている!」なんて記事になることこそ、未だに日本の企業が滅私奉公を当然と思っていることが暴露されたように思えます。
かつて「新人類世代」と呼ばれたぼくたちも、ほとんどは上の世代と同じ働きアリになり、そこで生き残った連中はそこそこの生活が得られました。しかし、それまでに払った犠牲は、はたして割にあったんでしょうか?
定年後の10年や20年を安泰に暮らせるとしても、貴重な若い時代を搾取され続けた後悔はごまかせないでしょう。
ある老人向けの介護施設に勤務していた医師が語っています。死期が近づいた人たちの多くが、「もっと自分のために生きていれば良かった」と後悔の言葉を口にするそうです。
仕事のため、会社のため、仲間のため、家族のため。
それを必ずしも悪く言うつもりはありませんが、もし自分の気持ちをごまかすための建前なら、そんなバカバカしいことはありません。
誰にとっても人生という持ち時間は、まず自分のために使うものです。自分を犠牲にして組織のために生きたいなら、人間として生きる必要はありません。次に生まれるときは、アリやハチになれるように祈ってください。
ぼくたち新人類世代でも、日本人は働きすぎと思う人は少なくありません。ましてZ世代が長時間労働や残業時間に否定的なのは当然のこと。むしろ、そういう風潮が表面化したのは遅すぎると思っています。
どれだけ滅私奉公してもアッサリ解雇されます。職場の人間関係に悩んでも辞めたら関係ありません。そんな日本の職場に対してSo What?と言える時代が、ようやく訪れたと思います。
そもそも日本のサラリーマンが残業するのは、一人あたりの仕事量が多すぎるだけ。
企業は二人分の仕事のために二人雇うより、一人に二人分の仕事をさせるほうが安く上がります。そのために一人分の給料を安く設定し、残業しないと暮らせないようにしているだけです。
「グローバルスタンダード」なんて大ウソにだまされているうちに、日本だけが貧しくなりました。そして、この先も明るい未来は来そうにありません。そんな時代に滅私奉公してまで働く意味などありません。
もちろん、仕事が好きな人は勝手に頑張ればいいだけです。そういう人を非難するつもりはありません。そのかわり、余計な労働はしたくないという人の価値観も尊重されるべきです。
働くことを過度に美化してきた日本社会。そんな風潮が生み出したパワハラや過労死。そんな社会で働く意味を感じられないのは当然のこと。
ようやく、あたりまえのことを口にできる世代が出てきたというのが、この記事を読んで感じたことでした。異論は認めます。