【レビュー】映画「plan 75」が暴き出す冷たく不寛容な日本社会

映画・ドラマレビュー
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作品概要

「plan 75」は2022年6月17日に公開された早川千絵監督・脚本の日本映画。75歳以上の国民に自分の意志で安楽死する権利(通称「plan 75」)が認められ、制度を利用する人たちと制度を支える人たちの人間模様を描いています。

主なキャスト

  • 角谷(かくたに)ミチ:倍賞千恵子
  • 岡部ヒロム(「plan 75」の担当者):磯村勇斗
  • 岡部幸夫(ヒロムの叔父):たかお鷹
  • 成宮(なりみや)瑶子(「plan 75」コールセンターの担当者):河合優実
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あらすじ

若者による高齢者の無差別殺人が相次ぐ中、75歳以上の高齢者に安楽死を認め支援する制度「plan 75」が国会で可決された。

そのころ、ホテルの清掃員として働くミチは高齢を理由に仕事を解雇されてしまう。なんとか自分のちからで生きていきたいと願うミチだったが、八方ふさがりの中で「plan 75」に申し込む。

「plan 75」コールセンターの成宮瑶子は規則をやぶってミチと会う。孫のように可愛がってくれるミチの死を翌日に控え、瑶子は自分のスマートフォンから電話をかけてみるが……。

同じく「plan 75」の担当者として働く市役所職員の岡部ヒロムは、窓口で20年ぶりに叔父と再会する。最後の日まで唯一の身内として寄り添ったヒロムは、安楽死を止めようと施設に急ぐ。

映画「plan 75」の感想・レビュー

倍賞千恵子の細やかな演技が今作を支える

映画『男はつらいよ』が好きなぼくにとって、ミチを演じた倍賞千恵子は寅さんの妹さくら役のイメージが強い女優さん。同シリーズでは大きな芝居の渥美清に対して、細かな機微で応じる芝居を見せてくれました。本作でも、ちょっとした表情やしぐさにミチの心境があらわれる名演技を見せてくれます。

ひと昔前のお爺ちゃん・お婆ちゃんといえば、年金暮らしでのんびり余生を過ごすイメージでしたが、現実にはお爺ちゃん・お婆ちゃんの多くが死ぬまで働き続けなければなりません。むしろ、元気で働けているうちにポックリ死ぬことができれば幸せです。

この国は総理大臣が「自助・共助・公助」の順番だと言ったように、自分でなんとかしろ、それでもダメなら親族で面倒を見ろ、行政に頼るのは最後の最後だ! という自己責任の国です。

そんなヒドイ国で、もしほんとうに「plan 75」が施行されたら自分はどうするだろうか? ヒロムの叔父のように、75歳の誕生日を心待ちにして申し込むかもしれません。しかし、それまで長生きしたくないと思うのが正直な気持ちです。

描かれているのは、この国の冷たく不寛容な正体

「plan 75」は架空の制度とはいえ、不思議と現実味を感じさせます。というのは、政治家や官僚の本音があらわにされているように思えるから。そして、こんな制度を望む気持ちが多くの国民にもあるような気がします。

もちろん、実際には政治家がこんな政策を施行することはありません。それどころか、うっかり口にしただけで次の選挙では「シルバー民主主義」に駆逐されてしまいます。

冒頭のシーンが2016年に起こった障害者施設殺傷事件をモチーフにしているように、いま高齢者と若者とのあいだには目に見えない「世代間闘争」が起きています。

今作で「plan 75」の対象とされた「団塊の世代」を含めた高齢者は、戦後の高度経済成長期からバブル景気を経てきた豊かな世代です。それに対して、生まれたときから不況で非正規雇用に就かざるを得ない若い世代にとって、高齢者はこんな社会を作り出した戦犯のような存在です。

しかし高齢者のすべてが裕福なわけではなく、ミチやヒロムの叔父のように、社会の片隅でひっそりと生きている老人も少なくありません。冒頭だけを見ると高齢者と若者の対立のようですが、ほんとうの問題は国民すべてのあいだにある対立です。

かつての同僚も仕事という縁が切れたら冷たい態度をとる。高齢者だからとアパートを貸さない。人手不足と言いながら高齢者向けの求人はない。役所はホームレスが寝られないよう公園のベンチに仕切りをつける。

そうした弱者に対する不寛容な社会がこの国の正体です。震災があるとヒステリックに「絆、絆」と叫ぶ声は、不寛容な自分に対する後ろめたい言い訳のように聞こえます。

高負担・低福祉の日本

スェーデンなどの北欧諸国は高福祉国家と言われます。税金や社会保険料といった国民負担率は高いけれど、それに見合う保障が受けられるから国民は安心して暮らせます。

日本は国民負担率が低いから社会保障が足りないと思われてきましたが、現在はそうとも言えません。2002年の国民負担率は35%でしたが、2021年には48%まで増え、収入の半分が国に吸い取られています。これは江戸時代の「五公五民」とほぼ同じ負担率です。

「農民は生かさぬよう殺さぬよう」と言った徳川家康によって厳しい年貢の取り立てが行われ、その結果、農民による一揆が起こったのは歴史の授業で習ったとおり。

その一方で、2022年度の税収は71兆円と過去最高額になりました。しかし、この国は国民に還元するつもりはありません。それどころか、財務省はさらに消費税率を上げようと企んでいます。

家康はまだ「殺さぬよう」と言いましたが、この国は本気で国民を殺そうとしているとしか思えません。こんな世の中では「plan 75」がほんとうに実施されないかと願う人も出てくるのではないでしょうか?

「plan 75」の利用者を支えるヒロムと瑶子が抱える葛藤に対して、安楽死を選んだミチとヒロムの叔父の淡々とした最期の過ごし方が対照的です。

世の中に希望をもてず死後の世界で救われたいと願う気持ちは、災害や疫病に苦しみ「南無阿弥陀仏」で極楽浄土へ行けると信じた鎌倉時代の庶民と同じようです。今作を観ると、なぜ生きるのがこんなにたいへんなのか? と改めて思わされます。