どうしても気の合わない人って、いますよね?
なぜかはわからないけれど、どうしても打ち解けられない。理解し合えない。
そんな人が、誰にでも一人や二人とは言わず、十人くらいはいるんじゃないでしょうか。
そして、そういう人が学校や職場など、身近にいるほどストレスの原因になってしまいます。そこで今回は、そんな人との接し方について話をしようと思います。
なぜ、どうにも肌が合わない人がいるんだろうか?
その人との間に何かトラブルがあったわけでもないのに、なぜか険悪な関係になってしまう。「自分、何かしただろうか?」と自問自答しても、まるで思い当たるふしがない。
そもそも、接点がないからトラブルになるはずもない。じゃあ、なんで?
それはきっと、あなたとその人の周波数が合わないだけなんだろうと思います。
わたしは誰にでも、その人に固有の周波数があると思っています。ちょっとスピリチュアルな言い方をすれば、オーラと言っていいかもしれません。
こんな体験はないでしょうか?
たくさんの人がいる街中で、ふと知り合いの姿が目にとまった。
誰にでも一度くらいは、そんな経験があるのではないでしょうか? 何百・何千人が通り過ぎていく人混みなのに、一瞬で知り合いの姿が目に入る。私にも、そんな体験が何度かあります。
友達と飲み歩いていたとき、繁華街をほろ酔い気分で歩いていると、パッと同級生の姿が目に入りました。そして「お~い!」と呼び止めて、しばし談笑してから別れました。
また、会社の先輩と飲み歩いていたときも、仕事上でお世話になっている人の姿が目に入り、駆け寄って挨拶をした時もあります。
はたまた、車を走らせていると、交差点を曲がってきた車のドライバーが知人だと気づいたこともありました。
日ごろから周囲に気を配っているわけでもないのに、なぜか知り合いの存在に一瞬で気づいてしまう。それって、誰にでもある自然な能力なのかもしれません。そして、その能力は、その人に固有の周波数を体が覚えているからだと思います。
自分自身も固有の周波数を飛ばしていて、その周波数がレーダーのように知り合いの周波数をキャッチする。だから、どんなに人が多くても、一瞬で知り合いの存在に気付けるんじゃないかと思います。
そして時間が経つほど知り合いのオーラの記憶は失われていき、そのうち、すぐ近くを歩いていたとしても、そのときはもう互いの存在に気づけなくなってしまう。それが、その人との「縁が切れた」状態なんじゃないかと思います。

わかり合えない人とは、キーもスケールも違う
ここからが本題です。
相手とのあいだに何かトラブルがあったわけでもないのに、なぜか気が合わない。そういう場合は、そもそも相手と自分との「キーとスケール」がまったく異なると思います。
説明しますね。
楽器を演奏する人なら、曲にはキーとスケールがあることをご存じでしょう。
キーは曲の基本となる音程、スケールはその曲で使える音階のことです。「ハ長調」の曲なら、キーはCメジャーで、基本的な音階は「ドレミファソラシ」になります。
人間にも、その人に固有のキーとスケールがあり、それがオーラと呼ばれるような、その人に固有の周波数です。
キーとスケールがまるで違う曲を同時に演奏すれば、「耳障りな雑音」しか響かないように、周波数がまるで違う人同士が同じ空間にいると、互いの周波数がぶつかり合ってしまいます。
これは、どちらが悪いという問題ではありません。まったく異なるキーとスケールの曲が、その場で同時に鳴ってしまった、というだけのことです。
演歌とハードロックが同時に鳴っているようなもので、どちらの曲が悪いとかじゃないわけです。気が合う・合わないは、異なる周波数が干渉しあう物理現象と言ってもいいでしょう。
しかし、その状態は互いに不愉快でしかありません。じゃあ、どうしたらいいでしょうか?
答えは、基本的に無視です。
音もオーラも物理現象なら、ぶつかりあう二つの波長がシンクロすることはありません。あるとすれば、互いに波長をチューニングしあえる余地がある場合だけです。
礼節をわきまえている人どうしなら、気が合わなくても露骨な態度に表したり、マウントを取りにきたりはしません。それが本来は集団の中で生きる基本的なルールでしょう。しかし、世の中には基本的なルールすらわきまえていない人も多いのです。
「昨日の敵は今日の友」は、アニメの世界だけ!
最初は敵対していた者同士が、あるときを境に味方になる。そんな話は物語につきものですよね。『ドラゴンボール』だって、最初は強敵だったベジータが、今では孫悟空の力強い味方です。
けれど、そんな美談はアニメやドラマの中だけです。リアルな世界では、滅多にそんなことはありません。
現実の人間関係において「気が合わない」というのは、性格の問題以前に、もっと根源的な「エネルギーの周波数」が違うからです。 それを無理に合わせようとすることは、一つのテレビ画面に二つのチャンネルを強引に映そうとするようなもの。
それができたとしても画面は乱れ、ひどいノイズが響くだけです。そのノイズこそが、私たちが感じる「ストレス」の正体ではないでしょうか。
努力で解決しようとするほど、ノイズは大きくなる
私たちは幼い頃から「みんなと仲良くしましょう」とか「互いに歩み寄りましょう」と教わってきました。 しかし、周波数が根本的に異なる相手に対して「歩み寄る」という行為は、自分のキーやスケールを無理やり歪めることに他なりません。
Cメジャー(ハ長調)で心地よくポップに鳴っているあなたが、相手の重厚なEマイナー(ホ短調)のヘヴィメタルに合わせようとすれば、あなたの音色はボロボロに崩れてしまいます。
結果として、相手との関係が改善するどころか、自分自身の奏でる音が分からなくなってしまう。これが「人間関係で消耗する」ことの本質だと思います。
結論:自分の「音」を守るために
では、どうすればいいのか。 答えはシンプルです。
あなたが取るべき行動は、その不協和音を「直そう」としないことです。
「ああ、この人とはキーが違うんだな」「そもそもジャンルが違うんだ」と、物理現象として淡々と受け入れる。雨が降っているときに「なんで濡れるんだ!」と怒ってもしょうがないのと同じです。
もし可能なら、物理的な距離を置く。 それができなければ心のシャッターを下ろし、自分の周波数を守ることに専念する。
相手のノイズを自分のなかに取り込まないように、「自分は自分の演奏を続ける」という意識を持つだけで、受けるダメージは劇的に減ります。
最後に
この広い世界には、何十億もの人がいます。 あなたの奏でる音を「心地よい」と感じ、自然とセッションが始まるような相手は必ず他にいます。
合わない十人のために自分の音を歪めるよりも、その十人をそっと視界の外へ追いやって、あなたの音をそのまま愛してくれる人たちのために、自分の周波数を整えておきませんか。
「どうしても合わない人」がいるのは、あなたが悪いわけでも、相手が悪いわけでもありません。 ただ、今はその曲を一緒に演奏するタイミングではない。ただ、それだけのことなんです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
